トコトコ中国バスの旅

 

Update : 2020.10.18

 

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▼北京一卡通編 #151

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【旅日記】

2020.10.17(土)  最悪のシナリオになった大営盤明長城

6:30 アパートを出発。目的地は、地図で見つけた河北省張家口市懐来県の大営盤明長城。

 

東直門北から特44路外に乗車。徳勝門西で下車し、919快へ乗り換え。

 

7:45 居庸関を通過。順調。朝早くから大勢の人が長城を登る例年の風景に戻っていた。

8:09 大浮坨で下車。西子で下車する予定だったが、パスされた!

バス内の路線図にも書いてある上、アナウンスなし。延慶の町より手前で下車することは初めてで気付かなかったが、京礼高速が出来た時から大浮坨で高速を下りる様になっていた。

徳勝門へ向う919路で西子へ行くため、反対車線のバス停へ向うとバスが来た。小走りで向かったが、919快だったのでスピードダウン。走り出したバスを見ていると、大浮坨ICはパスし、西子方面へ進んだ。そう言うことだったか。

次のバスが中々来ない。そんな中、大浮坨IC前の交差点でバスが故障。渋滞が始まるわ、故障したバスに乗っていた人が集まって来るわ、環境が悪くなった。

8:37 何はともあれ、西子へ到着。

 

次は反対方向へ行く880路に乗り換え。バス停を探すと、200mほど先に見えた。

バスも見えたので、ここでも小走り。

 

しかし、バスは919路だった。その上、バス停は西抜子ではなく、残長城路口。サインが出ているのは、Y2路だけ。

 

919路が止まったので880路も止まると思うが、バスが来ない所を見計らって500mほど先に離れてしまった西子バス停へ、またも小走りで向かった。朝から忙しい。

8:50 八達嶺残長城を横目に西子を目指す。

 

西子バス停で5分ほど待っていると、漸く880路が来た。予想に反し本数が少ない。逃さず良かった。

9:31 東花園鎮で下車。

 

白タクの運ちゃん達が待ち構える。

ここから目的地まで、地図によると12.3km。徒歩での標準時間は、2時間43分。事前調査では、1区間だけ使える203支線しか見つからなかった。ミニバスが走っていることを期待し前進。

 

バス停近くに止まっていたこのバスは、ここまで乗って来た880路と同じ沙城客運站行なのでダメ。

X415を南へ向う。

 

バスがいなければ、タクシーにしようと弱気。

鎮辺城。行ってみたい場所の一つだが、足が見つからない。

 

京蔵高速・東花園IC前。結構な交通量だがバスの姿は無い。バスどころか、タクシーも。

瑞雲観景区。長城の一部?

山に向かい緩やかな上りが続く。

 

10:20 バスに追い越された。202路。しかし、バス停のサインは一切ない。地図アプリで調べても出て来ない。

暫くすると、戻って来た。

 

「翡翠城」行。調べると、翡翠城まで1kmほど。この期に及んでは使えない。

山が近付いて来た。もう随分色付いている。

10:36 翡翠城が見えた。

 

ここまで、何ヵ所も大規模な住宅開発が進んでいた。この数年で、風景激変。

随分上り、官庁水庫に並ぶ風力発電の風車が見えるようになった。

10:42 真っ直ぐ上って来た道路がS字になった。いよいよ山に入る。

S字カーブを越えると、風景が一変。道路も狭くなった。

10:49 羅庄村でバスのサインを発見。

 

20分間隔」と書いてあるが、ここまで1台も見ていない。かなり疑わしい。←帰りも同様

 

目的地まで、最後の村。このバスが走っていると、随分楽になる。それよりも、村の皆さんは日々どう生活しているのだろう?それを考え、ミニバスが走っていることを想定したのだが、、、タクシーも1台も見なかったし。

村を越えると、急に勾配がキツクなった。

ヘアピンカーブで一気に標高が上がって行く様子が見えた。

ヘアピンカーブが8km続く。目的地はその間。

谷底に怪しい建物。

官庁水庫の水面まで見えるようになった。

紅い絨毯。

11:22 景観台で木の実を売る農民がいた。

 

声を掛けられたが、丁重にお断り。

奥の山の稜線に長城が見えた。

正面に長城の烽火台?

 

あそこまで上らなければならない?厳しいなぁ〜。

ここまで道路脇のマイルストーンを励みに歩いて来た。目的地は14kmポストの手前の筈。もう一頑張り。

 

しかし、ここまでのポストはキッチリ立っていたが、これは何があったのだろう?

前方に警備小屋。テッペンにあると思っていたイメージと違うが、あそこが入口か?

12:01 大営盤明長城入口へ到着。

 

東花園からここまで、全く案内が無かった。ここでも大営盤明長城を示すものは壁のサインのみ。このサインはネットで見ていたので間違いないが、長城は見えない。ネットには、「4WDで長城まで行ける・・・」と書いてあった。このゲートから坂を上り、

山の向こう側へ行かなければならないようだ。

 

封鎖していたと思われる柵が取り払われていたので入って行こうとしたら、小屋の中に爺ちゃん背中が見えた。そのまま通過しても気付かれなかったように思うが、声を掛けて先に進めるか聞いてみた。

 

すると、残念なことに「行けない」との答え。

ここまで歩いて来て、これで帰るのは辛い。もう少し先へ進んでみた。

長城が近付いて来た。

12:12 長城の足元へ着いた。

 

八達嶺へ続く東側。

 

修復の手の入っていないことが良く分かる。

後ろからポッポッポッポと聞こえた。振り返ると、三輪車。仲間に入れて欲しかった。

張家口の大境門へ続く西側。

峠のピーク。ここから先は下って行く。

 

15kmポスト地点。

ピークでUターン。

毎回思うが、良く造ったなぁ。

遠目に見ただけで残念だが、帰ろう。

と、下り始めたら、西側の長城に人影。

 

ピークの手前で擦れ違った兄ちゃん達に違いない。

鉄条網が張ってあるが、一ヵ所通り抜けできるよう上下に拡げてあるのは上って来た時に気付いていた。

 

その先には登城禁止の看板がある。間違いなく彼らはここを上ったことだろう。

 

鉄条網に服を引っ掛けないよう慎重に、後を追ってみよう。

登城禁止の看板まで行くと景色が違う。

滑り易く慎重に進む。

 

切り出した石を積み上げた壁が目の前に迫って来た。

壁の上は数十cmと狭い。

 

50m進めば、一直線に上って行く長城が見える。しかし、足腰ガクガクな上、風が強く恐ろしい。これ以上先へ進むのは断念。

間近で見ると、崩れないのが不思議。

それが延々と続いて行く。

東側は谷があり簡単には近付けない。

12:45 堪能し、帰路に着いた。

 

足元がズルズル滑り危ない。上の3倍慎重に下る。

この風景もどんどん変わって行くのだろう。

13:56 鑼庄村に入った。204路に期待したが、バスはいなかった。この後、擦れ違うことも無かった。

 

左側に婆ちゃんのグループ。右側に爺ちゃんのグループが、分かれて井戸端会議。どの人も、日焼けで顔が真っ黒。

 

翡翠城では202路に期待したが、それもダメ。202路は暫く歩いた所で擦れ違ったが、時既に遅し。

15:05 ゴールが見え、安堵した。

 

擦れ違った202路が戻って来るのを待とうかと思ったが、歩いて正解。202路よりも先に到着。

東花園鎮バス停にはライバル多数。ベンチに腰を降ろすや否や、「車来了!」と声が掛かり周りが動き始めた。ゆっくり座っていたかったが、バスの席がキープできない事は致命的なので立ち上った。

 

予想に反し、バスはガラガラ。ゆったりしていたのも束の間、公安の検査場で全員下車し身分証明書のチェック。パスポートを出すと、お決まりの質問。手際良く終了。ところが、1kmほど先でもう一度同じ検査。朝は全く無かったが、、、2度目の検査は最悪。検査官が段取りを知らず、進まない。おまけに後から来る身分証明書を忘れた人の処理を間にどんどん入れる。他の乗客が全員通過してから解放されるまで5分ほど掛かっただろうか?バスに乗ると、遅かった私を全員注目。文句は検査官に行ってくれ!

それもそうだが、異常な検査場の設定を早く変えた方が良い。初めの検査場は河北省側。出て行く人を検査する意味が分からない。

 

検査で遅れた余波?880路を西撥子で下車し、919快へ乗り換え。ところが、919路は来るが快が来ない。もしかすると、時間帯でルートが違う?

痺れが切れ、3台目の919路に乗車。次の八達嶺で大勢乗り込み、割と空いていたバスの座席が無くなった。座れて良かったと思っていが、タイヤチェックに入った検査場に後から入って来たバスに西撥子にいたグループが座っているのが見えてガッカリ。向こうの方が30分は早く徳勝門へ着くだろう。我慢しておくべきだった。

18:20 徳勝門まで2時間掛かった。バスを降りると、古傷とは反対の右膝が強烈に痛い。左足は安陽で痛めた小指が痛い。両足の痛みに耐えつつ、徳勝門南站へヨロヨロ歩いて向かうと後ろからバスが来た。最後は傷みを我慢し、走って635路に乗車。

東直門内で下車し、龍香記桂林米粉へ直行。いつもの黄燜鶏米飯と燕京ビールでホッと一息。

本日の歩行距離26.7km41,033歩。上った階数31階。ハードな1日だった。色々な長城に行ったが、特徴的な造り方が間近に分かり面白かった。小屋から先に進むとどんな風景が待っていたのだろうか?そこが残念。

夜、クタクタで旅日記完成前に力尽き横になった。しかし、攣りそうになる足との戦いが続き、中々眠りにつけなかった。



 

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