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トコトコ中国バスの旅 |
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▼My Collection −
Monkey − 訪問地 −
美食
【旅日記】
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2026.1.10(土)
黄金色の鳥居は強烈 |
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新年一発目は、岐阜市の金神社へ向った。 往路は、恐ろしいが最速のR22。 復路は旧中山道をゆったり移動。 |
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10:05 岐阜市の焼豚ジョニーへ到着。先ずは終了する前に朝ラー。 2度目の今回は太麺をチョイス。麺は大盛。相変わらず600円は嬉しい。 噛み応えは有るが、やっぱり細麺の方が好み。 次回は、味噌・大盛・細麺で行こう。 |
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今回もすんなり着席できたので、さほど混雑しないのかと思っていたら、、、 食べ終えドアを開けたら、暖簾の向こうに人集りができており吃驚。 この寒い朝、しかも日陰で待つのは辛い。更に11:00を過ぎたら、、、どうなるのか? |
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10:45 織田塚へ到着。住宅街にあり、気付かず前を素通りしてしまった。 天文16年(1547年)、織田信長の父・信秀が岐阜に攻め入った際、斎藤道三に大敗。 この時、信長の叔父・信康を始め5,000人とも言われる戦死者が出た。この戦死者を弔うための塚。 織田塚は円徳寺境内にもある。 |
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近隣住民による保存会がきっちり維持している。 蝋燭に火が点されていた。 |
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10:53 R157に面した円徳寺へ到着。 岐阜城主であった織田信長や孫の秀信ゆかりの寺。上加納村長旗にあった浄泉坊が前身と伝わる。 ここは信長が稲葉山城を攻略した時に本陣を置いた場所で、後に円徳寺に寄進したとのこと。 「楽市場・定」の制札や梵鐘など、信長ゆかりの重要文化財を寺宝として所蔵。 |
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関ケ原前哨戦「岐阜城の戦い」で池田輝政、福島正則に敗れた秀信が剃髪し仏門入りした時の髪切塚もある。 「門前に楽市楽座を開いた」とは、この辺りか? |
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信長が寄進したと伝わる梵鐘。 |
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梵鐘には「永禄7年」(1564年)と刻まれているが、「刻まれた年号は不審なのも」との評もある。 |
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もう一つの織田塚。 こちらの方が手入れが劣る。 |
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11:08 金神社へ到着。黄金色の派手な鳥居は、平成27年(2015年)に塗られた。強烈。 起源は135年、成務天皇の時代。境内裏手に小円墳が一基ある。 付近一帯から多数の須恵器の破片などが出土。古墳時代の後半に栄えた地区であると推測されている。 毎月最終金曜日に「金の御朱印」を受けられることで人気。毎月9日と年末年始に骨董市も開かれる。 |
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金神社の本殿と棟続きの金祥稲荷神社。 お稲荷さんだけあって、狐が前を固めている。 金祥稲荷神社は古来金運と商売繁盛には霊験あらたかな神様として信仰されている。 金祥とは財宝(お金)を生み給うて、その御恵をお与え下さることを祥ぶ(よろこぶ)との意味。 |
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「稲荷講を結成し講員を拡張している」と聞くと腰が引ける。 ここの境内にも「おもかる石」がある。 |
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2026.2.14(土)
渇水のこの時期は迫力に欠ける |
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寒さが和らいだので出掛けることにした。 目的地は岐阜県多治見市の不動明王の滝。 |
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10:26 不動明王の滝へ到着。 往路は最短ルート。出来れば避けたい所だが、内津峠を越えてから暫くR19を進むことに。 どの車もスピードが上がる下り坂。跳ね飛ばされないかヒヤヒヤ。怖かった。 |
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沢沿いの山道を300m登った先が滝。 「登った」で一瞬引いたが、覚悟を決めて前進。 |
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少し進んだ所に滝。これ? 300mも進んでないが、、、 山道も奉納のぼりも続いているので前進。 |
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達磨地蔵 現世相をカプセルにして後世代へ伝えるのだとか。 |
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沢側には、銭洗不動流水。 滝からの清水でお金を洗うことで金運が上昇するらしい。 ザルも用意されている。 |
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さすが焼き物の町。 |
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東屋が見えた。ここから先は下り。 何の事は無い、登りと言うほどでもなかった。 |
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滝が見えた。 滝が終着点だが、不動明王はどこに? 祠には、絵?写真?だけ。 |
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滝の高さは凡そ10m。少し前に雨が降ったが、やはり渇水。迫力に欠けた。 江戸時代に眼を患った人が滝の水で目を洗ったところ、すっかり良くなった。 これに感激して不動明王の石像を奉ったことが始まり。小名田不動尊記として語り継がれている。 最近では眼病だけでなく事故防止にも霊験あらたかだと言われている。 滝口の岩の上に石像があった。しかし、地元有志が奉った不動明王で往時の像ではない。 |
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11:00 バロー多治見店フードコートの「まぐろ食堂」へ到着。 四日市の「まぐろレストラン」の姉妹店。 メニューは絞られるが、ここで食べられるのは嬉しい。 フードコートなので、本店に無いメニューも楽しめる利点あり。 |
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オーダーは、テイクアウトメニューの穴子天丼得盛 980円。得盛は、並の200円up。定食には無い。 お〜、凄い!穴子の下にサーモンやサバ、南瓜に大葉が敷き詰められている。 最後の穴子を残して食べ進んだ。穴子は美味かったが、サバで胸焼け。次回は海鮮丼の得盛にしよう! 帰路、愛岐道路に向かったが、崖崩れにより通行止めだった。仕方なく、またも恐怖のR19経由となった。 |
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2026.2.21(土)
またここからオリンピックメダリストが生まれることを期待 |
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ミラノ・コルティナ オリンピックもいよいよ最終版。今回もスノーボードが面白かった。 特に愛知・岐阜出身者が大活躍。ニュースの余白で春日井も取り上げられた。 そう言えば、、、 |
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10:45 YAMAZEN AICHI QUESTへ到着。 場所は内津峠。内々神社西側の坂を上り、恐る恐るR19を南下。150m先のパーキングに滑り込んだ。 目の前にジャンプ台が現れたが、ここからは入れない。もう一度R19に出て50m先を左折。 ここは白バイの待ち構える下り坂。前々から何かあるとは気付いていたが、じっくり見たのは初めて。 |
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残念ながら営業時間外でジャンプ台には近寄れず。よって、多数と読んだギャラリーもゼロ。 人口ブラシを滑走し、セーフティーマットランディングシステムに着地。 スキー場でチャレンジできなかった大きなジャンプ台で体感したことのない浮遊感を楽しむ事ができる。 ジャンプの失敗によるケガを負うリスクが少なく、雪上より安全にチャレンジする事ができるそうだ。 またここからオリンピックメダリストが生まれることを期待して止まない。 |
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10:55 とんかつのはせ川へ到着。 先週、店の前を2度通った。現在外壁工事中でネットが張ってあるが、「営業中」の大きな幟が出ていた。 前々から気になっていた店。前夜、PS純金で清須の「あつたや」を見て、みそかつ腹になっていた。 オーダーは、みそかつランチ 950円。肉は柔らかく、脂はジワッと融ける抜群の美味さ。 キャベツはシャキシャキ。味噌汁は出汁が効いて絶品。良い店を見つけた。次は、ジャンボベジタブル定食だ! |
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2026.3.14(土)
今年も春がやって来た |
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菜の花が見頃とのニュースを見て名古屋市西区の庄内緑地公園へ向った。 11:30の開店を狙い、先ず千種区の「もり川」へ。途中、「矢田かつ」で20人ほどの行列を目撃。 対面の「ラーメン二郎」は、、、あれっ、一人も並んでいない。狙い目の時間? 心配しつつ「もり川」へ。うわっ、なんじゃこれ。「矢田かつ」以上の行列! 軽く1時間以上掛かるのでは?と思い、あっさり断念。みそかつ鍋定食800円、食べたかった〜。 次は遅目の時間に行ってみよう。 |
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11:45 西区の「レストラン角家」へ到着。 久々。やってて良かった。誰も並んでいなかったが、満席で店内に1組待ち。 オーダーは、日替ランチ850円。今日は、しょうが焼、コロッケ、、、美味い!安定の味とボリューム。 出来町通りを西へ向い、名古屋城の南を通過。三の丸の三叉路を右折し、恐る恐るR22へ。 浅間町で2段階右折し名古屋高速の下を北進する最短ルート。町の中は車が多いし流が速くて恐ろしい。 |
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12:40 庄内緑地公園へ到着。 園内は広いので北側の堤防道路から先ず場所の見当を付け、一番近そうな所に停めた。 菜の花畑は、ボート池の南側。結構歩いた。 |
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いきなり撮影会の真っ只中へ。 |
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見事に咲いていた。 |
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春が来た。 |
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2026.3.28(土)
春のルーティン |
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桜が開花した。例年より1週間ほど早い。 今年も五条川を散策。 |
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8:55 城跡橋へ到着。 まだ5分咲き。寂しい感じ。 そんな具合で、人出が少なく散策には持って来い。 |
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この時間に最早堤防は車両通行止め。 老人部隊が警備。 |
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川から離れ暫く北進。 長瀬橋を渡り住宅街を抜けて堤防へ出た。 エンジンを止めて前進。 ここまで来ると、最寄駅は岩倉から石仏になり、老人部隊もいない。 |
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マルヒデ商店、健在。 昭和が色濃く残っている。 これからも頑張って欲しい。 |
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オッチャンがパソコンのサポートもやっているそうだ。 ネット販売もやっていると言うから面白い。 |
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石仏からはエンジンを再始動し、毎年お決まりのコースをトロトロ前進。 堀尾跡公園からは、車の流れに乗ってスピードアップ。 ところが、UNY大口店の先が今年は通行止めになっており迂回を余儀なくされた。 |
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大口町コミュニティーセンター東の菜の花畑に桟橋。 反対側には商工会が露店も出していた。 今年は力が入っている。 |
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新田橋まで通行止め。 橋の袂には、いつもの屋台村。 今年は例年以上に繁盛することだろう。 |
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川には花見の舟。 満開の桜堤を見上げてみたいものだ。 |
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9:55 R41沿いの「ゆで次郎、もつ次郎」へ到着。 前々から気になっていたが、良い機会が無かった。 AM 5:00から営業しており、AM
11:00までは「朝そば」 、「朝中華」、どっちも450円がある。 |
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気になっていたのは、“煮”と“炒め”がある「もつ」だが、、、 自販機を前にしたら、キャンペーン中の「ミニかつ丼セット」に指が動いた。100円引きで850円。 かつ丼はつゆだくだく。肉は美味しかった。そばは今一つインパクトに欠けた。 次は “煮”と“炒め”のセットになった「合い盛りもつ定食」にチャレンジしよう。 |
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2026.4.18(土)
超穴場!宮本武蔵、修行の場 |
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水不足が続き節水どころか田植えの時期を遅らせる宣言まで出ていたが、桜の開花に合わせて雨が降った。 水量が増えた所で、満を持して岐阜県加茂郡八百津町の五宝滝へ向った。 |
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10:32 五宝滝へ到着。 この先車両進入禁止の看板脇に駐輪。 駐車場はガラガラ。 |
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五宝滝は5つの滝からなる全国でも有数の名瀑。 3段に連なり合計落差80mの『一の滝・二の滝・三の滝』。 剣豪 宮本武蔵が修行したとの伝説が残る『円明の滝・二天の滝』。 |
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理由はコレか? 山であるのは間違いないが、さほど奥深い訳でもないこんな所にも住み着いているのか。 |
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九頭龍。巨大な彫り物。 |
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武蔵渓谷は清々しい。 水量豊富で楽しみ。 |
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いよいよ山登り。 先ずは、周回コース起点の『二天の橋』まで10分。 |
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二天の橋が見えて来た。 |
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橋の中央に立つと、木立の奥に『三の滝』が見えた。 遠目にも迫力があった。 |
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期待通り! ここから先は急勾配の階段が続く。 |
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3つの滝を一望できる展望台からの眺めは素晴らしい! が、まだまだ登らなければならないと思うと気が滅入る。 一の滝 44m 二の滝 23m 三の滝 13m |
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一の滝を越えて下った先に、宮本武蔵が滝に打たれて修業した『明円の滝』がある。 武蔵の名乗った『明円流』に因み名付けられた。 更に進むと『二天の滝』。 そして『二天の橋』に戻る。 |
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橋の正面に、大きな宮本武蔵のモニュメントがある。宮本武蔵とは、 1600年 : 豊臣方で関ヶ原の合戦に参加。敗れ、豊後へ逃れた。この時、弱冠17才 1612年 : 29才、巌流島で佐々木小次郎に勝つ 1614年 : 大坂冬の陣に参戦 1615年 : 大坂夏の陣に参戦 1617年 : 師の愚堂国師が美濃国入り ・・・ 武蔵は、この後に当地で修業模様 1634年 : 51才、小笠原藩に取り立てられた - - → 1645年 : 『五輪書』完結。永眠。65才 |
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11:44 可児郡御嵩町の肉のキングへ到着。 八百津の三勝屋、可児市の長麺うどんと迷った。 が、前から気になっていたこの店にした。 自動ドアの先に規制線が張ってあり、肉と揚げ物の客を分離。 これは素晴らしい工夫。 |
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オーダーは飛騨牛メンチかつ200円、コロッケ80円×2。 作り置きがあり、早く出て来たのは良いが、少々冷めていたのは残念。 かといって、ベタついている訳ではなく、サクサクで美味しかった! 次は揚げたてが食べたい。実現するには、開店直後を狙うしかないか? |
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2026.4.29(水)
最近ハマっている時代小説の背景とピッタリ一致 |
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ゴールデンウィークに突入。しかし、空には厚い雲がビッシリ。 予報によると、前半は更に悪化。 瞼は重いが、岐阜県各務原市の内藤記念くすり博物館へ向った。 今回はあちこちで迷走。 |
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9:18 江南市の曼陀羅寺へ到着。 藤まつりを覗いてみようと寄り道。 門前の屋台に強く惹かれたが、居並ぶ駐車場の呼び込みに圧倒され断念。 |
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9:32内藤記念くすり博物館へ到着。ここは木曽川の中洲地帯。 生薬の原料からハーブまで、約700種類の薬用植物が栽培されている。 漢方薬、民間薬、医薬品原料はじめ、染色、繊維など暮らしに役立つ直物、熱帯の有用植物など。 西隣には、エーザイの巨大な製薬工場がある。 |
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目印にした本館。 昭和46年(1971年)に開設。入館無料。 「薬学・薬業の発展を伝える貴重な史資料が失われ、後世に悔いを残す恐れがある・・・」の想いから。 火〜金に10名以上揃えば工場見学もできる。 |
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エントランスの巨大なモノは、人車製薬機。 モルモットと同じ要領で人が回転させ、石臼で粉にする。 現存するものを実測し再現したレプリカ。 素晴らしい! |
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常設展示は古代中国の想像上の神獣・白沢から始まる。 6本の角、9つの目を持ち言葉を理解し病魔を防ぐ。江戸後期のコレラ流行時に人々がこの絵を身に付けた。 |
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実に65,000点の資料を持ち、価値の高いものを選んで展示。 ツボの人体模型は分かり易い。 生薬は、動物系では硬い角や甲羅、薬草系では、人参など。 |
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実物大模型はリアル。 最近ハマっているのが山本一力の時代小説。その中の『深川黄表紙掛取り帖』シリーズは定斎売が主役。 往時はこんな情景だったのだろう。 |
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温泉の風呂桶で馴染みが深いケロリン。 子供の頃、我家でも目にした仁丹。 今でも良く目にする太田胃酸。 どれも現役なんだ。 |
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この人力作業を機械化した人車製薬機は凄い発明だ。 かの有名な杉田玄白訳『解体新書』。写本と書いてないから実物だろう。書き込みのある所が感慨深い。 |
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ハマっている時代小説の背景は江戸。ここの展示はピッタリ一致。 定斎売だけでなく、ビビッと来る所が随所に合って面白かった。 この博物館は、令和6年(2024年)に文化庁の登録博物館に認定された。 エーザイさん、これからも頑張って下さい。応援しています。 |
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10:53 木曽川文化史料館へ到着。 川島地区を中心とした木曽川流域の遥か遠い時代からの生い立ち、先人の生活の歴史、自然の移り変わりなどを、市民から寄せられた資料をもとに紹介している。 目の前では川島大橋の架け替え工事が行われている。 令和3年(2021年)、集中豪雨による増水で橋脚が傾いた。 |
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この地域は漁行や石採り、養蚕から糸を加工する撚糸が生業だった。 家電製品、生活道具の民俗資料室を見逃した! |
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12:10 江南市の『みたらし半額の店 布袋店』へ到着。 計画は『九州ラーメンうまか 岐南店』だったが、悪い予感が的中し休みだった。 大蒜ゴロゴロのうまかチャーハン950円が食べたかった〜。 この店、看板が破れかぶれのボロボロ。修理するつもり無し?しかし、この姿を撮り忘れたのは残念。 そこで思いついたのが、往路で道路脇に看板を見つけたこのお店。 |
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オーダーは、五平餅80円×2、みたらし30円×5、合計310円! どちらも普通に美味しかった!他には、たこやき8個300円。これも興味あり。 尾頭橋や清須にあるのは知っていたが、ここで出会うとは。 調べてみると、どちらも江南市に本社がある五王製菓が卸していた。更に、春日井にもあった! JR春日井駅前にもあったが、こちら閉業した模様。 |
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